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仙台高等裁判所 昭和57年(行コ)5号 判決 1983年1月18日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。本件を仙台地方裁判所に差戻す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。但し、原判決四枚目表五行と八枚目表四行に「施行」とあるのを「施工」と、七枚目裏五行に「合検した上で」とあるのを「合格したと認めたときに」と各改める。

(控訴人の主張)

一  原判決は、「建築完成後、判決により確認にかかる建築計画の違法が明らかになつたとしても、是正命令を発するか否かは特定行政庁の裁量に委ねられているから、このことにより、直ちに特定行政庁に右命令を発すべき義務が生ずるとは解し得ない」などの理由で、控訴人に訴の利益がないと判示した。

しかし、行訴法三三条一項が、行政処分を取消す判決はその事件について当事者たる行政庁のみならず、「その他の関係行政庁」をも拘束する旨定めたのは、取消判決による原告の権利救済を実効あらしめるためには、取消された行為と直接関連して生じた違法状態を除去させるなどの必要があるところから、既判力の主観的範囲に拘らず、判決の効力を「その他の関係行政庁」にも及ぼしたものと解されるところ、かかる立法趣旨と、行訴法三二条一項が取消判決の効力を第三者にも認めていることなどから考えれば、取消判決の効力の及ぶ客観的範囲も、主文が包含するものに限定されることなく、判決理由中の判断、即ち当該行政処分が手続的または実体的に違法であることの確認判断にも及ぶと解するのが原告の権利救済を実効あらしめる上から相当であるといわなければならない。

従つて、本件につきなされるべき取消判決は、被控訴人に対する関係では、単に無確認のまま建物が完成したのと同様の手続違反の状態を出現させたにとどまるものではなく、本件建物が建築基準法四二条二項に該当する道路でない本件通路に接して建築された、実体的に関係法令に適合しない違法な建築物であることを公権的に確定する効果を有するものというべきである。この意味で本件につき訴の利益が存在すると解するのが相当である。

二  先に主張したとおり(原判決九枚目裏二、三行)、控訴人が自宅建築のため昭和四二年一〇月初旬本件通路により建築確認申請をしたのに対し、仙台市当局が右通路を「二項道路」と認定せず、右通路による確認を拒否したため、控訴人は、やむなく公路に通ずる地域を他から賃借し、これを通路とすることにより、ようやく建築確認を受けることができた。しかるに、本件道路が当時と変りないのに、これを「二項道路」と認定して本件建築確認をしたのは、一貫性のない違法な行政行為である。

右のような経験があつたため、控訴人は、原判決九枚目裏三行から一〇枚目表六行までに記載してあるとおりの指摘、進言、陳情、抗議、審査請求等をしたが右審査請求に対する裁決は、所定の期間よりも六ケ月も遅れてなされ、その時には本件建築工事が全部完成していたのである。

こうした経過と、この段階における確認処分の執行停止を事実上、法律上不可能ならしめている現行法制や、その根底にある行政処分の公定力理論などを考慮すると、建物完成後においても、建築確認処分の取消を求めることに訴の利益を肯認すべきである。

三  取消訴訟の使命、目的は、単に違法な行政処分によつて妨げられている国民の権利を将来に向つて回復することにあるのみではなく、遡及的にも違法処分を排除し、過去の違法状態の上に築かれた法的効果を全面的に除去することに見出されるべきである。けだし、そうでなければ取消訴訟による原告の司法的救済は全うされないからである(最高裁昭和三五年三月九日判決民集一四巻三号三五五頁の小数意見参照)。このように考えると、本件のように建物の完成によつて控訴人の基本的な権利を回復することができなくなつたとしても、なお、確認処分の取消により回復可能な附随的利益(例えば、違法確定を理由とする国家賠償請求――因みに、本件道路の中には控訴人所有の仙台市台原一丁目一番一七〇、同所一番二〇四各宅地が含まれている)がある限り、取消訴訟における訴の利益を認めるべきである。行訴法九条括弧書はまさにこの趣旨を宣言したものである(なお、最高裁大法廷昭和四〇年四月二八日判決民集一九巻三号七二一頁参照)。

(被控訴人の陳述)

一  控訴人の右主張は全部争う。

昭和四二年一〇月一二日控訴人から建築確認申請があつた当時、本件通路が二項道路に該当するか否かの確認に或程度の日時を要する見通しであつたところ、金融公庫からの融資で建築する予定であつた控訴人は、一定期間内に工事に着手できないと融資を受けられなくなるため、とりあえずの措置として西隣りの土地を借地して建築確認を得たのであつて、被控訴人の側で二項道路に該当しないと断定していたのではない。

二  行訴法九条括弧書の趣旨を最大限拡張解釈し、仮に本件につき保護に値する利益を認めるとしても、その救済のためにより直截的な訴訟手段が他に存する場合には、取消訴訟の訴の利益は否定される。控訴人は国家賠償の請求をいうが、これは直接訴求すべきであつて、これをなす前提として取消訴訟を提起する利益は認められない(最高裁昭和三六年四月二一日判決民集一五巻四号八五〇頁参照)。

(証拠)(省略)

理由

一  当裁判所も、当審における控訴人の付加主張を考慮してもなお、本件訴にはその利益がないと判断する。その理由は、次に付加するほかは原判決の理由記載と同じであるから、ここにこれを引用する。但し、原判決一三枚目表一行と同裏三行に「施行」とあるのを「施工」と訂正する。

1  控訴人の当審での主張は、すべて訴の利益の存否に関する法律的見解の開陳であつて、多岐にわたつているが、いずれも、本件建築確認処分が実体法規に適合しない違法なものであるということを前提として、その旨の判決による公権的判断が得られたならば、かくかくの法律的効果なり利益が生ずるから、本件につき訴の利益の存在を認めるべきであるというに尽きる。そして、右の法律的効果と利益がいかなるものであるのかは、控訴人の明示する国家賠償請求以外は判然としないが、しかし、そもそも、国家賠償請求訴訟を提起する前提として取消判決を得ることは不要であるし、また、訴の利益ありとするには、取消判決が得られれば所期の救済目的が現実に達成される見込みのあることが必要であるところ、本件における救済目的は原判決一の2(一三枚目裏)に説示してあるとおり、建築工事の適法な施工を停止ないし阻止することにあるのであるから、建築完成後においてはもはや右の見込みがなくなつたというべきであり、従つて、訴の利益はないことになるので、右主張はすべて採用できない。控訴人所掲の判例はいずれも本件に適切でない。

2  控訴人は、現行法制上建築確認処分の効力停止を得るのは事実上不可能であるというが、裁決が遅れて建築完成後になされた本件にあつては行政事件訴訟法二五条による措置はとりえなかつたとしても、行政不服審査法三四条二項以下の規定により、審査請求と同時にまたはその後遅滞なく、建築審査会に対し、建築工事が続行、完成すれば回復困難な損害が生ずるのを避けるための緊急の必要性があると主張し、確認処分の効力停止の申立をしてその旨の決定を得る途があるから、決して不可能ではない。従つて、このことを理由に本件で訴の利益ありとすることもできない。

二  よつて、本件訴を却下した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法九五条、八九条に従い主文のとおり判断する。

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